朝の満員電車は人口密度が高い割に静かだ。いくら押し合いへし合いしていても、乗客は基本的に個人の集合体だから、会話はない。ときどき喧嘩売りの声もあがるけれど、居心地の悪さとは正反対に、いたって平穏な空間に傍からは見えるはず(傍って誰だ?)。
先日、いつもの電車に乗り込もうとしたら、60代とおぼしきオバサン5人が、イタチのように首をもたげて、5人とも同じような驚愕の表情を浮かべていたのに出くわして、こっちが驚いた。何もかもが明らかに異様だった。こんな朝早くからどこ行くの?
その驚きの顔たちは語る。ひと駅ごとにだんだんと混雑してきて、もうこれ以上は乗れないわよ、と思いきや、また次の駅でもドアが開いたら新たな乗客がドッと押し寄せる…。唖然とする気持ちはわからないでもない。私も20数年前に体験してるからネ。
それにしても演歌歌手のコンサートには早すぎるし、デパートの開店までにも3時間はある。まあ、そんなことはいいとして、都心まで続くこの平穏な空間が、ご想像の通り一瞬にして騒々しくなったのは言うまでもありません(とはいえ、後から乗り込んだのは私のほうだけど、流れる時間はこれからがきっと長いんだろうなあ…)。
聞きたくて聞いてたわけじゃありません。オバサンたちの口に蓋ができないのと同じで、私の耳にも蓋ができないだけ。朝っぱらから食い物の話が次々と細胞分裂するかのように車両内に響き渡っていく。聞きたくない話に限って明瞭に聞こえてしまうのは、いったいどういうわけ?
こういうときに重宝なのがイヤホン音楽プレーヤー。夏休みが近づくと通勤電車にも子ども連れで飛行場へ向かう家族を見かけるようになる。小さな子どもにとっては、ウジ虫がもがき合うような地獄を、生まれてはじめて体験するわけだから、恐ろしくなって泣き出す。きっと理不尽に近いような体験だろう。通勤電車に慣れてないオバサンたちにだって驚愕の表情をさせてしまうくらいだから…。そうなると車両内はいつもの朝の平穏な通勤電車から一変する。あぁ…、iPodの充電忘れを後悔する。こんな喧噪とは無縁の別世界だったのに…。
興味があって観察していたわけではない。人を観察するのは嫌いじゃないけど、見たくないものほど気になるのはどうして? 目に蓋はできるんだけど、耳から先に奇声が飛び込んでくるものだから、“恐いもの見たさ”的衝動を抑えきれなくなる。
オバサンだからといって、5人が5人ともかしましいわけではない。A級戦犯がひとりいて、B級程度の補佐官がふたり、残りのふたりはほとんどしゃべらない。首がタテに動くだけのオバサンと、他人のフリっぽい態度を基本スタンスに、時折ナマ返事で調子を合わせているのがひとり。なんかこの構成って、女子高生集団にもそっくりあてはまるような…。
A級戦犯が言った。
「きゅうりに蜂蜜をかけて食べるとメロンの味がするの知ってた?」
食料に困ってた世代なんだなあ…。淡い色したペラペラ服を太めの身体に巻きつけて着飾っていても、所詮はこんな話か。実に似合ってる、と思った。
「プリンに醤油をかけるとウニの味がするのよ!」(A)
「じゃあ、ご飯にプリンと醤油でウニ丼ね!」(B-1)
「海苔の佃煮にクリームチーズをぬってもウニの味よ…」(B-2)
いやはや、頭がおかしくなってきた。
そういえば、みかんと海苔と醤油でいくらの味がするってのを聞いたことがあるなあ…(オレはB-3か?)。ヤバイ! オバサンの輪に同化してしまっている自分に気がついて思わず身震い、あわてて振り払った。