梅雨を通り抜けるとすぐに夏が来る。オジサンになってからは時の流れに加速がついた気がする。いま編集している本が出来上がる頃は真夏だなぁなんて考えながら仕事をしている。
私事だが、この夏に高校時代のサッカ−部のOB戦がある。久しぶりに帰郷するつもりだ。
中学から高校卒業まで、かなり真剣にサッカーに打ち込んでいた。上手か下手かはあえて言わない。
中学校でクラブ活動を何にするかは決めていなかった。野球部は坊主頭がイヤだったし、小学校で毎日のように草野球をしていたから野球部に入る気はさらさらなかった。
これといった決め手もなく迷っていたところ、4つ歳上の姉に「サッカーでしょ! サッカーになさい」と異様な熱意を持って勧められた。何のことはない。彼氏が高校のサッカー部員だったのである。「そんなもんかいな」と、あっさりサッカーに決めた。
中学校にあったのはサッカー部ではなく同好会だったがとりあえず入ることにした。
やり始めるとすぐにえらく面白い球技であることを発見。熱中した。そのうち部活動として公認された。
いまはサッカーといえば人気スポーツだけれど、当時はヤンキーの溜まり場みたいな感もあって、ひたむきなサッカー少年の僕には、少しばかりいや〜な雰囲気もあった。
とはいえボールが蹴れれば十分にシアワセだった。この頃に僕はサッカーに恋をしたと言っていい。
くそ暑い夏の練習さえ楽しくてしょうがなかった。カンカン照りの夏休みの練習では近所の魚屋から大きな氷をもらってきて、大きめの薬缶にぶち込んで冷たい番茶を作って飲んだりした。飲むと魚の鱗だらけであんな気色悪いものをよく飲めたと思う。
中3の夏の大会に敗れると、受験でしばらくお預けとなったが、合格発表後の春休みには高校のサッカー部の練習に参加させてもらっていた。それからの3年間はサッカーに明け暮れて、額を割って5針縫ったり留年しそうにもなったが、総じて良い思い出ばかり残っている。
大学時代は運動部にこそ入らなかったが、友人とチームを作り京都の社会人リーグの4部くらいだったかに参戦した。しかし、徐々に人が集まらなくなった。毎回11人プラスαの人数を揃えるのは結構大変なのだ。最後のほうはメンバーが揃わずに不戦敗ばかりで、結局チーム解散となり、その後はサッカーから遠ざかった。
次に思い出してボールを蹴り始めたのは32歳。フットサルが流行り始めた頃で、都内にも専用コートがいくつかできていた。仕事仲間とチームを作り3年ほど続けた。これは5人制なので人集めは少し楽であったが、中心メンバーだった友人たちの会社が左前になり、職探しでフットサルどころではなくなり、またもや立ち消えと相成った。
それからの6〜7年間はスポーツは殆どせず、1年に1kgの割ですくすく?と体重は増加していった。
現在、フットサルを再開して約3年が過ぎた。最初は悲しいほど身体が動かず、弛んだわが身に愕然としたが、毎週続けていることのメリットはあり、この頃ではそれなりには動けるようになってきた。
ただ、この歳だとやれる場所(チーム)探しが大変である。当年45歳、40代でやってる人ってホントにいないのである。同世代ならあまり遠慮なくできるのだが、今の所属チームメートは大体33〜34歳くらいである。
ただ、いまのチームも若いとは言えないのである。このあたりの年齢以降になると一人、二人と抜けていき、そのうちチームが立ち行かなくなることが多い。開催される大会に出ているのは、やはり主流は20代のチームである。
いまのチームにたどり着くまでにも3チームほどを渡り歩き、そのつど活動休止状態に追い込まれることを繰り返してきた。まるでフットサル難民である。チームメートには「40歳になっても続けようねっ!」と叱咤激励しているのだが、連れ合いにイヤな顔をされたり、休みの日くらい子供と遊んでよと言われたり、肝心の本人からやる気が失せていったりと、なかなか難しいのである。
しかし、僕にとってここまで長く続いている趣味はないから相当に好きなんだろうと改めて思う。Jリーグのことなどは全然知らないが、ボールを蹴る楽しさは10代の頃から変わらないのである。
ここ2年ほどで体重も高校生のときと変わらなくなったし同世代人に比べれば、けっこう身体も動くと自負しているので、今夏のOB戦がじつは楽しみなのだ。
当時はできなかった足技の1つも披露して「すごい! 45歳とは思えないよ」とか「や〜ん 全然変わってないですね〜、先輩っ!」などと、かつてのチームメートや女子マネ(子ではなく既にオバサンか)たちに言わせてみたいと妄想しながら日々密かにトレーニングを積んでいるのである。
(大)