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ぱる通信〈PAL BULLETIN〉

過去の栄光なんて…ね

  人にはそれぞれいい時期というものがある。未だ来ていないと感じる人は、訪れるであろうことを夢見るだろうし、そういう時期が過ぎ去ってしまったと感じている人は、諦めたり、焦りを感じたり、もうひと花咲かせようともがいているかもしれない。
 若いうちにかなり派手な成功を収めた人は、過去の栄光に囚われてしまい、早過ぎた春と現状とのギャップを疎ましく思うかもしれない。
 年輩になってから花開いた人は、ようやく訪れた春に喜びもひとしおだろうし、これまでの頑張りが実を結んだと素直に喜べるだろう。  仕事だったり、スポーツだったり、異性へのモテ度だったり、いろいろな種類のいい時期がある。
 目下、僕が気にしているのはスポーツを通して感じる諸々のことだ。
 ずっと、あるスポーツを続けてきた。明らかに全盛期は十代の頃だ。いまも月に何回かやっているわけだが、この頃つくづく感じるのは、過去の自分を超えられないジレンマだ。もどかしく、まどろっこしい。それなりに筋力や持久力をつけようとトレーニングは試みているが、本職ではないので打ち込める時間は知れているし、四十路を越えた体には焼け石に水である。最低限これくらいのレベルは維持したいと自分では頑張ってみるのだが、それを追い越す勢いで体力の減退スピードが増していることを発見してブルーになってしまうのである。たかが趣味ではあるが口惜しいものだ。
 最近、作家の村上春樹さんの「走ることについて語るときに僕が語ること」というエッセイを読んだ。
 村上さんは20代の頃から走り続けていてマラソンにも何度も参加している年季の入ったランナーだ。
 そんな村上さんも走るタイムがガクンと落ちて、体力の減退に愕然とした時期があったらしい。たしか40代だったと書いてあったように思う。同じようにトレーニングを積んでも、ついこの前まで走れたタイムで走れないジレンマを通して、いろいろなことを感じ考え考えしながら走り続けたらしい。そして、いまも走り続けているという。50代の自分がいま走ることに、どんな意味があるのか考えながら、何か意味があると感じながら走り続けているという。
 彼にとって走ることと、文章を書くことは不可分で、走らなかったら小説もずいぶん違うものになっていただろうと書いていた。それほど走るということは、彼にとって重要な何かをもたらしてくれる行為だったらしい。
 これにはストンと僕の心に届くものがあった。ちょうど良い時期に良い本に出会えたなと感じた。僕もそんなふうにスポーツとつき合っていけたらと思う。仕事や人生の伴侶として。

(大)

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