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ぱる通信〈PAL BULLETIN〉

翻訳物

 書店で立ち読みをしていて出だしが気に入ったので、久しぶりに翻訳物の小説を読んでみた。「その名にちなんで」「停電の夜に」という2作品だ。
 著者は40歳くらいのインド系アメリカ人の女性作家ジュンパ・ラヒリという人でピューリツァー賞も射止めているアメリカ生まれの二世である。
 著者の親世代である移民一世の抱く「根っこは常にインドにある」という気持ちと、著者たちの世代である二世が抱く「父祖の地インドと母国アメリカとの微妙な距離感」などを巧みに描いている。
 核家族化や晩婚化、少子高齢化などで活力を失い始めた僕らの社会に比べて、著者の父親がアメリカに来て生活を確立し安定を得てから、親の決めた顔も見ていない花嫁をカルカッタから呼び寄せて夫婦になってしまうくだりには驚いたが、すさまじく前向きな考え方が伝わってくる。たしか日本も昔はそうだったのだ。
 著者の父母はその後、仲の良い夫婦としてアメリカでの社会的地位を築き上げていくのだから、やれ恋愛結婚だ、運命の人だなんて思い込んだ挙げ句の果てに離婚する人が多い中で(人様のことは言えないバツイチなワタシですが…)、出会いに関しては、恋愛・見合いのどちらが良いとも言えないな…なんて考えてしまった。
 それはさておき、読後、インドの地図を調べたり、何種類もあるというインドの言語系統(印欧語系と土着のドラヴィダ系)のことなどの久々に本を引っ張り出して調べてみたりした。
 僕自身元々、歴史や民俗学、言語学に興味があった。学生時代はそういった書物をずいぶん読んだりしたものだ。語学も一応は一生懸命やってみたし、最初に入った会社は外資系企業だった。そういう海外を含めた外側の世界に憧れていたのだと思う。
 しかし、その商社で数年働いてみて、どうもその方面のセンスに欠ける気がしたのと、元々の資質として語学力があまり伸びなかったこと、社内文書がすべて外国語であること、などが心底苦痛になってしまった。
 そこで転職を考えたわけだが、その際の条件は、文系出身者で「ものづくり」ができること、日常業務を母語でできることだった。結局、本が好きだったことが幸いして出版という仕事に携わることになった。そして、今日に至るわけだが、日本語は知れば知るほど面白く楽しい言語だなあとつくづく思う。やはり母語への断ちがたい欲求があったようだ。
 ただ、その頃から僕の外側への興味はかなり狭められたと言っていいと思う。以来、小説なども国内モノばかり読んできた。それまであまり読まなかった同世代や、より若い作家のものを中心に読んでみた。しかし、最近は何か息苦しいなあと感じていた。若い作家の心理描写力には目を見張るモノがあって単純に感心してしまう。けれども登場人物を囲む世界が狭く限定的で、内省的過ぎる傾向があることも感じていた。
 今回、ジュンパ・ラヒリを読んでみて、外側に対しての視点の広がりを持つ寛やかな作品に接したのは久しぶりだったせいか、ずいぶん新鮮に感じた。それほど、僕の生活や仕事は長いこと内側に向かっていたんだなと感じた。
 世界の天気予報でパリや北京の天気を教えてくれたって、行かないから関係ないや…と感じるような心理構造だったと言えるかもしれない。実際に行けるか行かないか、できるかできないか、役に立つか立たないか、無意識にそういう価値判断だけで、本づくりや他の物事も眺めていたのではないか…そんな反省がそこにはある。
 ラヒリの本を読んだから、多少興味を刺激されたから、と言ってN.Y.やカルカッタにひょいと行くことは、おそらくないだろう。でも、想像することは楽しかったし、刺激を受けることは出来た。これは本の持つ力、想像力を掻き立て飛翔させる大きな力だなあと改めて思った。こういう刺激や感覚が、ぱるでの本づくりや僕の日常にも活かせると良いなと感じている。

(大)

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